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天草の真珠とりえちゃん [思うこと]

2007年11月に天草の真珠取り体験の作業場にりえちゃんが訪れたそうです。

その時の様子がこれです。



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この頃は「オリオン座からの招待状」という映画が公開されていて、りえちゃんはその映画の宣伝のために天草を訪れていたようです。

この真珠養殖の方(阿部さんと仰る方)曰く、「まるで天使が降り立ったようだった」そうです。

間近で見たらきっと天使の様に見えるのでしょうね。

りえちゃんと真珠、似合いますね。

 


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若気の至りだった? [思うこと]

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この記事の画像を見て思い出した。

そういえばこの記者会見の時、りえちゃんと貴乃花は終止手を繋ぎっぱなしだったんだった。

でもこの写真を見ると、何となく若気の至りだったのかなぁ、と思ったりもします。

もう少し時間をかけてお付き合いや話し合いがされれば、こんな結果にはならなかったのかも知れないなぁ、と気の毒に感じたりもします。




この当時はマスコミ始め世間全体が浮かれていた記憶があります。

とにかくセンセーショナルな話題で驚いていました。

私が17歳だった初冬のある日、学校帰りに友達と遊んでいて、家に帰ったのは夜9時前くらいだった様に記憶しています。

家に入ると母が変な顔をしながら私の方を見て、「宮沢りえと貴花田が結婚するって」とボソッとつぶやきました。

その当時私は強烈な“アンチりえちゃん”だったため、驚いたと同時にかなり呆れ返ってしまいました。

だってこの婚約発表があった二年前にはふんどしカレンダー、その翌年には「Santa Fe」を発売するなど、毎年の様に奇をてらった事をしていたからです。

そんな私の呆れ具合をよそに、世間では婚約フィーバーが巻き起こり、海外メディアでも報じられた程でした。

アメリカのとあるメディアは「相撲界のプリンス、日本のセックスシンボルと婚約」と報じていました。

この二人の婚約は例えて言うなら、マリリン・モンローとジョー・ディマジオの様なものと言ってもいいと思います。




そもそもこの二人の接点と言えば、若貴フィーバーが巻き起こっていた当時、テレビではよくこの二人の兄弟について取り上げられており、そのうちの一つがりえちゃんとの共演番組でした。

その番組内で、りえちゃんはお誕生日(だったと思います)が近かった貴花田にルイヴィトンか何かの高価なバッグをプレゼントしていました。

その後もお兄ちゃんの若花田をよそに二人はとても仲良く接していました。

お兄ちゃんが「立場ねぇ〜」と漏らす程、二人は仲良くしていました。

それから暫くして婚約発表が行われ、メディアはこの二人を行く先々で追いかけ回していました。

貴花田がりえちゃん宅に5連泊する様子が取材されたり、三浦知良・りさこ夫妻と4人でクリスマスパーティを開いている様子を外から撮影し、それにベランダから手を振って答えていたり、とこれまでのお相撲さんにはないオープンな振る舞いも注目されました。

それが数ヶ月後には突然の婚約解消。

その時貴花田は「りえさんに対して愛情が無くなった」と記者会見で答えていました。

この時の記者会見は貴花田の大関昇進会見だったのですが、記者からは婚約破棄について随分ときつい質問ばかり浴びせられていました。

伝えられた内容によると、この会見を見たりえちゃんは「貴ちゃん、かわいそう」と言いながら、泣いていたそうです。

この婚約に関しては、桂由美がりえちゃんのウエディングドレスをデザインする、仲人は王さんで決定など、予定されていた結婚式の内容も伝えられていた最中だっただけに、世間もメディアも驚いたと同時に貴花田に批判的な目を向けたものでした。

ただこの話題について、ただ一人有田芳生さんだけが「りえさん側に重大な問題が発覚した、と角界の関係者から聞いています」とだけ答えて、その後は沈黙を保っていました。

勿論当時のメディアはりえちゃんを擁護していましたから、有田芳生さんのコメントはそのまま聞き流されていました。

後年聞こえてきた噂によると、りえちゃんの異性関係がネックになった(実際はかなり大きな問題だと思います)と言われていました。

まぁ、噂は噂ですし、真相は闇の中、という事でしょうが、どのメディアもこの真相に触れていないところを見ると、「大人の事情」というものがいろいろとあるのでしょう。




ここで人気絶頂期のりえちゃんについてのネット上でのコメントで一つ興味深い表現を見つけたので紹介します。


>りえの全盛期(10代の頃)は最強。10年に1人のアイドルと言われたが,それ以上だと思う。
 りえと同年齢で同じ時代(バブルの名残→崩壊)を生きてきただけに,
 TVでりえを見るたび,せつないような懐かしいような気持ちになる。
 同性として,一番嫌いで一番好きなアイドルだった。




「同性として、一番嫌いで一番好きなアイドルだった。」




何とも的確な表現だなぁ、と感心しました。

その「同性として、一番嫌いで一番好きなアイドルだった」りえちゃん、今では落ち着いた女性へと変身しましたが、この頃の事は今でも心の傷となって残っているのでしょうか。

 



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